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  • 意外と知られていないオリーブの歴史〜世界と日本のオリーブ栽培

日本のオリーブ・歴史


日本に最初に持ち込まれた「オリーブ」はオリーブの実とオイルでした。約400年前の安土桃山時代のことです。オリーブの樹が最初に日本にやってきたのは江戸時代末期。その後、明治時代になって本格的な栽培が始まり、幾多の困難を乗り越えてオリーブは日本の地に根付きました。
 

日本におけるオリーブの起源

安土桃山時代、日本にオリーブを持ち込んだのはキリスト教の宣教師でした。1594(文禄3)年、宣教師から豊臣秀吉への進物にオリーブの実1樽があったと言われています。また同時期にポルトガルの宣教師によってオリーブオイルが持ち込まれ、ポルトガルの油がなまって「ホルトの油」と呼ばれていました。
オリーブの樹が最初に日本の地に植えられたのは、江戸時代末期のことです。1862年(文久2年)頃、医師の林洞海がフランスから輸入した苗木を横須賀に植えたとされています。
その後、1879年(明治12年)には神戸の温帯植物試験所でフランス産オリーブの栽培に成功し、翌年には実が収穫されました。そこで、初の日本製オイルや果実加工品がつくられました。これは試験栽培に留まったものの、日本におけるオリーブ栽培の第一歩だったと言えるでしょう。
 

オリーブ栽培の歴史

オリーブの栽培が本格化したのは1908年(明治41年)のことです。日露戦争に勝利した日本政府は、北方漁場の海産物を保存する方法として、オリーブオイルを使用したオイル漬けに着目しました。
国内でオリーブオイルを生産するために、当時の農商務省がアメリカ産オリーブの試験栽培を開始。栽培地として指定したのは香川・三重・鹿児島の3県です。その中で、香川県の小豆島のみが栽培に成功し、1911年(明治44年)には74?の実を収穫することができました。小豆島の気候が地中海沿岸とよく似ていたこともありますが、技師たちのたゆまぬ努力が実を結んだのです。3年後にはオリーブ栽培が島全体に普及し、現在に続く経済栽培の礎が築かれました。
しかし栽培においては様々な苦労があり、台風による倒木や日本固有の害虫であるオリーブアナアキゾウムシの被害に悩ませられるなど、問題は多々ありました。加工技術も情報源が海外にしかなく、自分たちで模索しなければならないことも多かったようです。
こうした苦労を乗り越えながら、徐々にオリーブの生産量を増加させて、オリーブは小豆島の名産品として広く知られるようになりました。
現在の主要産地は小豆島のほかに、岡山県の牛窓がありますが、小豆島が国内生産の9割以上を占めています。
 

オリーブの加工品

日本におけるオリーブ加工品はオリーブオイルとオリーブの実の塩漬けから始まりました。後に、オリーブオイルは髪油や美容オイルなど、高級化粧品の材料にもなっています。1955年(昭和30年)頃には肌になじみやすいオリーブオイルの美容オイルがブームになりました。
食器の他にも、オリーブの果実を使ったペースト、ジャム、オイルを使った各種調味料などが数多くあります。葉も様々な用途に使われており、抗酸化作用のある葉のエキスを使ったサプリメントやお茶、健康酒、葉の粉末を練りこんだお菓子などが開発されています。またオリーブ木材を使った箸や印鑑などの製品もあります。
 

意外と知らないオリーブの歴史〜オリーブ発祥の地とは?

オリーブの発祥については諸説あるのですが現在のトルコあたりと言われいています。オリーブの木は約8000年前には存在したといわれている、長い長い歴史を持った植物です。
紀元前3000年頃、風車を使ってオリーブからオイルを絞っていたという記述があり、古い時代からオリーブは人間にとってとても身近なものでした。
 

数多くの神話にも登場するオリーブ

聖書の一説、『ノアの箱舟』の話をご存知でしょうか。この話の中にオリーブが出てきます。
ノアが作った箱舟は、東京にある有名なデパートたちよりもずっと大きなものだったと言われ、天からのお告げを受けたノアが動物たちと共に、大洪水が収まるのを待った、という有名な話です。
大洪水が終ったかどうかを知るために、ノアは何度かハトを舟から飛ばしたといわれており、最初すぐにもどってきたハトを見て洪水がまだ収まっていないことを知り、次に放したときは、ハトがオリーブの小枝を口にくわえて来たことから、嵐が収まってきたことを感じ、最後飛ばしたハトが舟にもどって来なくなったことから平和がよみがえったことを知ったそうです。
この話から、オリーブの木は平和を表すものとされています。
またギリシャ神話の中にもオリーブは登場しています。
女神アテナ(ローマ神話では女神ミネルヴァ)の伝説です。エーゲ海を望む美しい町、アテネの支配権を巡って対立していた女神アテナと海神のポセイドンに対して大神ゼウスは、『最も人々の役に立つ贈り物を贈った者に支配権を認めよう』と言いました。
海神ポセイドンは、馬を作り出しました。『馬は立ち姿は美しく、戦では良い働きをするので勝利を導き人々を幸せにする』と。
一方女神アテナはオリーブの木を作り出しました。『オリーブは闇夜を照らす光となり、傷みを和らげ、香り高く、そして口にすれば貴重な食料になる。』と。
大神ゼウス平和をもたらすオリーブの木を選び、そしてアテナをエーゲ海を望む美しい町アテネの支配を許しました。
こうしてアクロポリスのパルテノン神殿では女神アテナが守護神として祭られ、オリーブは『聖なる木』として各都市に広がったそうです。
 

文明に刻まれたオリーブ

逸話以外にも、オリーブは文明の中に姿を残しています。古代エジプト文明では壁画にオリーブの木や、オリーブを注いだ壷の絵が描かれていたり、メソポタミア文明で有名な法典、ハムラビ法典にもオリーブのことが刻まれています。
また、オリーブの木を切り倒した者には処刑という罰が課せられ、オリーブの木は人々にとって手厚く守られていました。